平城京というと歴史上の話として捉えられることが多かったものですが、平城京は遷都1300年が近づいていることもあり、何かとニュースにされることが多くなってきました。最近は遷都1300年記念のキャラクターが話題になっています。
平城京は東市と西市の二つの市場がありました。今では、「平城京西市跡」という碑が道路沿いに建てられています。碑の横には、西市にちなんだ歌碑も残されています。
平城京西市跡へのアクセスは、近鉄橿原線の九条駅から東方向へ歩いて約15分、または郡山駅から北東方向へ歩いて約15分のところにあります。ただし、平城京西市跡は交通量の多い道路脇にいきなり現れるため、見過ごしてしまう方も居るそうです。また、平城京の西市があったと思われる場所には、現在、マンションが建てられているため、西市らしい面影は残っていません。一方、平城京の東市の跡にも万葉集歌碑が残されています。
平城京の東市と西市が行われる時間は正午から日没までとなっていました。また、平城京の東市と西市では様々な物を販売しており、米や麦などの食料から糸や綿などの衣料関連、それから、薬も売られていたそうです。そして、西市は月の後半に開催されていたと言われています。
現在は、平城京の東市よりも西市の方が観光名所となっているようです。東市は現在の辰市神社にあったと言われています。東市があったと思われている辰市神社内に、万葉集歌碑が残されているわけです。
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平城京は日本の「条坊制」にあたる都市の一つでした。条坊制の都市は、他に藤原京や平安京、長岡京などがありました。条坊制というのは南北中央に朱雀大路を作り、碁盤の目のような形の通りをした都市のことを指します。平城京のある奈良に近い京都が「碁盤の目」と呼ばれることからも分かるように、平城京は条坊制の都市計画を取り入れた都市だったのです。朱雀大路があることから朱雀門が設けられ、平城京や京都の地図を見ると、朱雀門は現在でも残っていることが分かります。
平城京の東市と西市のように、平城京は左右対称に区画されていたことが特徴的でしたが、平城京の東市と西市の跡を辿ってみると、正確に区画されていなかったことが判明しています。また、平城京の東市と西市は政府が直営する市場ということで、現在では考えられないほどの大きなマーケットだったそうです。
平城京は奈良の都として知られているとおり、現在でも奈良のシンボルです。2010年は平城京が遷都されてから1300年目にあたるため、平城京がある奈良では、数年前から平城京遷都1300年記念に向けて様々な企画が進行中です。
また、平城京の遷都1300年を記念してマスコットキャラクターが作られたことでも注目されています。その名も「せんとくん」です。平城京ならではの鹿をイメージした角と、大仏をモチーフにした大仏顔の人間とも思えないような不思議なキャラクターが発表された際、ニュースでも取り上げられ、騒動となりました。
また、平城京の東市や西市にちなんだキャラクターを望む声や、平城京というとシルクロードの終着点でもあるため、シルクロードにちなんだキャラクターを望む声なども挙がっていたようです。
しかし、平城京のマスコットキャラクターを描いたのは有名な彫刻家ということで、市民からの批判には応えず、「せんとくん」を平城京のマスコットキャラクターとして推し進めることが決まっています。ただし、市民の声から地元のデザイナーが「まんとくん」という平城京のキャラクターを作り上げたり、寺院の僧侶たちによる団体が「なーむくん」というキャラクターを作り上げたりしています。